*スレナルです
「ナルト」
暗闇の中を走り抜けてきた矢先に響く声。幾度と無くこの声色に呼ばれ振り向いたであろうかと考えるとそんな振り向いたことは無かったと気づき自嘲の笑みが漏れる。仮面の中で踊る筋肉が邪魔で遮るものをとれば視界が広がり、おそらく数えるほどしか行わなかった行為をする。
「何?」
珍しい顔を見れたものだ。
唯一と言っても過言ではない右目を筆頭に全身から感じるものにナルトは一つ小さく息を吐く。忍がそんなにも感情を露にしてどうすると言ってやりたいものだが、それほどまでに今の自分の行動はカカシを驚かせる行動だったかと思うとまあ許してやらんこともないと思うのだ。・・・もしかしたら、始めてなのかもしれなかった。
―――彼の言葉に振り向いたのは。
「呼んだのは、お前だろう」
「そう、なんだけど・・ね」
「用が無いなら俺は行くが?」
火影の前に跪くまでが任務。一体何度その行為を繰り返してきただろうか。
未だ唖然さが抜け切らないカカシを一瞥するとわざと音を立てて一歩を踏み出す。案の定反応したカカシが今度は焦りを露にして引き止めるものだから予想通りの行動に内心面白さがこみ上げる。だから二の腕に感じる熱も、許してやろうと思った。
「今日の任務Sランクデショ?」
「そうだけど」
「‥無事で良かった」
「あっそう」
とくん。どちらとも言えない音が聞こえた。
「明日は‥」
「下忍と暗部の掛け持ち。遅刻すんじゃねーぞ、カカシセンセイ」
「‥善処はするよ」
「サクラが怒るんだよ。面倒臭い」
とくんとくん。今度は二回連続。
「‥っこれから」
「火影サマに任務報告」
「デスヨネ」
「したら俺は寝るんだよ」
・・・。音が無くなった。
「あのさぁ、俺は忙しいんだよ。お前の戯言に付き合ってる暇は無い。此処最近は寝不足だし少しでも寝る時間が惜しいわけ、分かる?此処にいてお前と話してるだけで時間ロスしてるってことに気づけよ腐れ上忍が」
本当にどこまでも抜けている男だ。忍としての実力はどうであれ人間性としてのものはからっきし低の低。一体全体こんな男の何処がいいのかと、この世の中の女性達に疑問を持つばかり。少なくとも自分ならこんな男にはなりたくないとナルトは思うのだ。
あー、ごめんね‥。と妙に気落ちした熱が二の腕から離れて行く。夜風に冷えるその一部分から違和感を拭いきれなくて妙な感覚がした。でも嫌悪感は沸かないのは慣れきった熱だからだろう。
「じゃ俺はいくから」
「あ、う ん」
どこまでも自分は歪んだ性格をしているなと思った。でもこれで十分だろう。寝る時間を惜しんでまでカカシとの会話と言うものをしてやった。これ以上の戯れなど不必要。
カカシが何を求めているのかなど分かりきったものだが、それをナルトが応えてやる義務など無い。別にどういった関係でもないし、例え感情を伴った関係だとしてもこのような戯れは不必要だとナルトは思っている。忍にそのようなものを作れば自ずから弱点をさらけ出しているようなもの。立場上、この先も任務に支障がでるものは作らぬ、そして曝け出さぬ。相手がどのような感情を自分に押し付けようとも知ったものか。
「あ」
でも少しは面白いこともあっていいと思う。それが昔馴染みの熱なら尚更。
「お誕生日オメデトウ。カカシ」
本日二度目の驚きオーラ。
―――プレゼントはもう十分与えたよな。
「お前やればできんだからちゃんとやれってば」
「‥今回は特別だ」
蝉の鳴き声が耳に焼きつく頃。世間学生では所詮夏休みの始まりというものであって、切羽詰った空気を醸し出すテストが終わった時期でもある。通常なら休み明けに返されるテストも此処では単純に知ることができる。現代の進歩というのは何と言う怠けものだろうか。そんなコメントを以前テレビで聞いたことがあった。
「約束‥‥ちゃんと守るんだろうな?」
「オトコに二言はアリマセンよー」
そんな風に悔しげも無く笑うから。だから無性に欲しくなるんだ。なんでも許されてしまうように。
「さって。サスケ君は俺に何を望むのかな?」
お兄さん金欠だから高いものはだめだぞ。
誰もいなくなった廊下を二つの計四つの音が鳴り響く。学年ごとに仕切られている校舎は年上であるナルトと会える機会をずっと減らす。こんなふうに会えるのは放課後の一緒に帰るときだけだ。それも今のように静まり返った中を。
ナルトとは小さい頃からの幼馴染で、家が近くで昔からずっと一緒にいた。共に風呂も入ったし同じ布団で寝たりもした。ずっと一緒だと思っていたのだ。でも、気づかされた。中学に入学するや先輩と後輩という立場に立たされた関係はサスケが思い望んでいたのとは程遠く、こんな関係は望んでいなかった。一年も遅く生まれた自分が悔しい。
「ほら、言えってば!」
「・・・・」
『今度のテストで学年一番とったらご褒美な』
そんな言葉がナルトの口から出たのはテスト3日前のことだった。サスケはテストだからといって格別に勉強などしない。やらなくても授業さえ聞いてればできる、などという次元でもない。いくらサスケと言えども勉強しなければテストの点数などとれないし、成績だって宜しくない。そんなことが中学に入学してからずっと続いているのだからナルトが心配して口を挟んだのだ。決して本人には直接は伝えないけれど。
「別に、言うまでもない」
「ん?いらないってか?」
それは得したってばよー。などとほざいているナルトを見て本当に暢気な奴だなと思った。別に成績とか進学とかに必要だからこの時期に勉強したわけではなかった。今日と言うこの時期に必要だから勉強したまでだというのに。これからもこの調子で頑張れよ、などといったナルトの言葉は無意味だった。確信して言える。冬にはいつも以上に点数は下がるだろうと。だってナルトとの関係がこれで変わるだろうから。良い方向にも、悪い方向にも。
だから俺はこの日に我儘をする。この俺にとっての特別な日に。
「勝手に貰う」
「はぁ?お前なにい‥‥っ」
アナタの唇を奪う。
「ご褒美、貰ったからな」
「っ‥‥なっ‥!」
バサリと何も入っていないだろうナルトの鞄が廊下へと落ちる。口元を隠し顔を赤く染める姿はいつものナルトらしく、つい笑みがもれてしまう。本当は、この瞬間は大事なはずなのに。息を呑む瞬間なのに。
「っ~~‥‥」
「帰んねぇのか?」
「か、帰るにきまってんだろっ!」
拾い上げた鞄を乱暴に肩に掛けると走り、追い抜くように先に行ってしまったナルトはもう見えない。廊下は走るなと小学校に習ったはずなのに。
既に自分の気持ちは伝えてある。無理強いするわけでもなく、ただ、言葉のみで。お前が好きだと。ナルトはそれを黙ってきいて最後に笑った。言葉は無かったけれども嫌われはしなかったなと安堵したものだ。それから関係は変わらずいつもと同じだった。そして今回の賭け、だ。勝つか負けるかの勝負。馬鹿だ馬鹿だと思っていたナルトも今回ばかりは策士だったらしく、そしてこのことにもケリをつけようとしたのかもしれない。
『一番とったら答えを返すよ』
それが一番のご褒美だと知って。
「これあげるってば」
そう言って無理矢理手渡された己の手中内に残る物体は、かれこれ既にもう1時間と少しはいる。押し付けるだけ押し付けた人物は早々と踵を返して行方知らず。
「一体どうしろってんだよ…」
角ばった袋がちくりとサスケの手のひらを刺す。
種類は色々。緑の葉のみの物から赤く色づく野菜の実まで…。そう、色々な植物の種が入った袋がサスケの手のひらには複数握られていた。
確かにナルトは植物を育てるのが好きだ、そりゃあもう日ごろの行動や言動からは考えられないくらい丁寧に優しく育てる。そんな意外な一面を発見したのはスリーマンセルで互いの家を行き交うようになってからだろうか。
だが、自分はそう植物などに興味があるほうでは無い、というより全くもって興味が無い。だがナルトはこれを自分に押し付けてきた。否、押し付けてきたというのは少々御幣がある言い方かもしれないが、素直でないアイツのことだからこれで間違ってはいないだろう。
今日は自分の誕生日
つまりはこれらがナルトからの誕生日プレゼントということになるのだろう、と朝からの女たちからの嫌という程な教訓でいとも簡単に推測がつく。
そもそもそんなにナルトとサスケは仲が良い方ではない。話せば喧嘩になるし、常日頃から争っている―――これは主にナルトからの一方通行だが―――ので、そんなプレゼントを交換するような仲などでは以ての外な筈。なのに意外にも意外な結果。
「…脈アリってか?」
よくよく見れば赤い果実の絵はトマトの種のようだ。これはどうみても自分の都合のいい方にとって下さいと言わんばかりのようで、口端が持ち上がるのを抑えきれない。
何はともあれ今までの遠まわしな努力の成果が実ったらしい。
「さて、どう育ててやろうか…?」
何かが実れば次なる欲望がわきあがってくるもので、金色のひよこ頭を思いながら、ニヤリと笑うのだった。
「仕方ねぇだろうが」
はぁ…と大きく吐き出される息は憂鬱で、がくりと肩を落とした後姿は情けないものだ。
横に並ぶようにして立つ黒い青年にちらりと視線を向ければ飄々としている姿に、なおも苛立ちは募るばかり。
「何でサスケのだけあって、俺の探してるやつは無いんだってばよ」
運が関係でもしてたのだろうか、ナルトが聞きたかったCDを探しに街に出たはいいが結局見つからず、一緒に出ていたサスケが偶々見つけたCDだけ借りてきたのだ。故にナルトはサスケに八つ当たり。
「他にも方法はあるだろ」
買ってしまうとか、ダウンロードするとか…、それらの言葉は飲み込んで発しはしない。言えば言うだけ今の状況ではナルトの気を悪化させるに他ならないから。
「う゛~…絶対見つけてやるっ!」
右手を握り締めて確かな意気込みを見せたナルトに、嗚呼、またつき合わされるんだろうな、などと思いながらも、サスケは自らの口角が上がるのを感じていた。