人里離れたこの場所は何時に無く静かに佇んでいた。冷たく、暖かさを持たない石碑は幾度と無く、誇りある気高き魂を受けれたことだろうか。触れてみてもやはり何の温かみを持たない。そんなこと、分かりきっているはずなのに。
「火影様、お体を冷やします」
「ん・・」
背後に音も無く現れた忍に火影と呼ばれた青年は小さく相槌を漏らす。黄金色の髪は無邪気に夜風に遊ばせ、その隙間から微かに見える顔付きはいつもの昂然たる顔付きとは程遠く、何を感じ何に思いを馳せているのだろうか。
「今日、例の任務が終了したってば」
「・・・」
「敵の殲滅は骨さえ残さず、全ての証拠は隠滅された」
「そうだな」
「・・身を、同時に滅ぼすことによって」
青年の口調は昔馴染みの聞きなれたものに戻っていた。それはこの瞬間から六代目火影という肩書きから一人の忍、うずまきナルトに戻ったのだと。そう、サスケに伝える。
半刻前、一人の忍が木の葉の門をくぐる。一つの巻物をもって役目は果たしたと言わんばかりに一歩足を踏み入れた瞬間倒れこんだ忍は既に事切れていて、無事、巻物だけが生還された。それは血にまみれた任務報告書だった。それを火影が手にした時、読み終わった時、任務終了とみなされる。そう、生存者ゼロとして。
「それほど、相手も手馴れだった」
「そして同じだけの思いを抱いていたんだ」
―――帰る場所を抱き。
既に葬儀は終わり名を綴られた四名の気高き魂はここに眠っているのだろうか。身体は無くとも魂だけでも、と思うのは欲張りなのだろうか。せめて―――。
「今度は負けないつもりだったんだ」
「酒はヤメロっつったろーが」
「一緒に種まこうって約束してたんだってば」
「これ以上鉢植え増やしてどうすんだ」
「甘栗奢ってくれるっていってた」
「‥考えるだけで甘い」
せめて―――。
「・・・っ」
泣くことは許されない。火影として、里の長として、忍として。たとえ教えをくれた先輩であろうとも、一緒に這い上がった仲間であろうとも、世話をやかす部下であろうとも。特別に涙を流すことなど許されないのだ。だから、せめてうずまきナルトとして接することだけは許してほしいと、願わずにはいられなかった。気づけばここにいた。きっと血塗れた報告書は机の上に出しっぱなしだろう。まだ、手付かずの書類さえ山のように残っている。なのに、自分は此処にいる。
「火影様はいま、どこにいらっしゃいますか?」
嗚呼、ズルイ言い方だなぁと思う。
己に厳しい補佐官の一人は自分にも厳しくなってしまったのだと青年は思う。甘いくせに、厳しい。
「ホント、嫌味な奴だな。うちは補佐官」
「アナタ程じゃありませんよ。火影様」
「お生憎、書類と補佐官は苦手なものでね」
「それは褒め言葉として受け取っておきます」
夜風が、目に染みる・・・。
生前。好きだった酒の滴を、華やかに咲く花を、ぬくもりある甘みを。
また今度、うずまきナルトとして、一人の後輩であり先輩であった仲間で来よう。その時また、貴方達の好きなものを手向けよう。だから今は、一人の男の腕の中で仕事をこなすことにします。
「お前の涙も苦手なものに加えとけ」
「‥っうる、せ」
君におくろう。貴方達が誇れるような立派な後姿を。